台日交流連誼会(日本語世代の交流会)の終了に伴い思うこと

「台日交流連誼会」の一つの節目

台湾には、戦前の日本統治時代に教育を受けた台湾人高齢者がいらっしゃいます。このような方々により、「台日交流連誼会」という日本語で交流する会が続けられていました。しかし、2019年1月12日を以って終了となりました。理由はご高齢によるもので、年々減少傾向にあり、存続が困難になってきたからです。

どんな人間も「老い」や「いずれ誰もが来る死」からは免れないから、仕方ないことなんですが、それを聞くと何か寂しい気になります。私が5年前初めて台湾に旅行で訪れた時に、台北でご高齢な台湾人に道を聞いたら、日本語で回答してくださりました。その方も日本統治時代に教育を受けた台湾人でした。

色々な考え方はあるかと思いますが、今、台湾が日本と親しくなれているのも、このような偉大な大先輩がいたからだと思います。彼らが日本に好意を抱いていたから、今の親日があると言っても過言ではないように私は考えます。

国によっては、大日本帝国の統治下にいたということをとても侮辱であると考える人もいるでしょう。なぜ、台湾だと親日いられたのか、私は台湾の国家と人が素晴らしいからだと思います。国家も人も考えがどちらかに偏らず、フェアに物事を考えられているのだと思います。
人が良くても、国によっては権力者に従わなければならないという状況もあるのだと思います。

私が特に何か言えるような者ではないですが、日本統治時代に日本語教育を受けた台湾人高齢者に、お疲れ様ですというか、感謝の気持ちというか、敬意の念を抱かざるを得ません。

台湾に貢献した日本人

それと同時に、日本の先人の偉大な功績であるとも思います。日本人の中には台湾の発展に尽力した人もいます。

ここでは、私が台湾人と直接話題になった偉大な日本人を簡単にご紹介します。

  • 八田興一(はったよいち)
    当時、アジア最大のダムを台湾で作り、農耕地の生産能力を大幅に拡大させた。
  • 堀内次雄(ほりのうち つぎお)
    当時、伝染病の根絶を尽力し台湾人の平均寿命を上げた。

その他、台湾に貢献した日本人はいらっしゃいます。
「台湾で貢献した日本人」とWeb検索すると、何人かの日本人がヒットします。そこで、その功績を調べられます。ぜひ一度、一度ご覧になってみてください。

高齢者に向ける敬意

戦後の日本をここまで復活させたのは、私たちの親の親、もしくは、親の親の親の世代の方たちでしょう。その世代頃に築いた日台関係の灯は、現代を生きる私達が今後も継続させていかなければなりません。

台湾人の大先輩にも感謝するし、かつ、日本人の大先輩にも感謝の気持ちを持つことが大切であると考えています。

最近は高齢者を虐待するなんてニュースも聞くことがありますが、そのたびに残念な気持ちでしかたありません。

また、高齢者になると認知症を伴ってしまうこともありますが、そのような方を軽蔑するような目で見てはならないのです。

ご高齢まで生きられているということは、ほとんどの方が日本国に大きな貢献をしてきたのでしょう。有名な方ではなくて、ただ普通に暮らしてきたという方もいると思います。そういう人でも何かの職業についているわけです。運搬業や製造業、販売業など様々な職業の方がいて私達の生活が成り立てるのです。

専業主婦の方でも、ご自身の子どもを育てることは立派なことですね。出産時には男性では知ることのない、計り知れない苦痛を伴って、命がけで子供を産むのです。子供を成長させたら、その子供が社会で貢献することになるのです。

子供がいなかった方でも何かしら社会に関わっていたということは、他に何かを及ぼしているのです。大小はありますが、ほとんどが良いことであると私は考えます。多くの方が国民の三大義務を果たしてきたのでしょう。その連鎖により、今の住みやすい日本を形成しているのです。高齢者には敬う気持ちを忘れてはなりません。

この記事をご覧になってくださった貴方は、身内問わず全ての高齢者に恩を返していけるような、優しい気持ちを持ってくださることを願っています。